「現実の恋愛と推しは、完全に別物」。推し活編でそう答えた人は79%でした。約2,500人のうち、つい比べてしまうと答えたのは21%だけです。ところが同じ編で「推しに恋人がいたら?」と聞くと、2,674人の答えは「祝福できる」53%、「正直しんどい」47%に割れました。別物のはずのものが、半分近くの人にきちんと効いています。


推し活編100問を「割れなかった順」に並べると、この一問は6位です。上位に並ぶのは「共演者はまとめて好きか、推しだけ見るか」が50%対50%、「高額グッズは貯めてでも買うか、潔く諦めるか」も50%対50%、「推しにはもっと有名になってほしいか、今のままがいいか」が49%対51%。どれも、推し活をどう運用するかという話です。感情そのものを聞いた質問がその中に混ざっているのは、少し珍しい並びに見えます。
「祝福できる」は、押しやすいほうの言葉です
この数字を読む前に、一度うたがっておきたい条件があります。リカイドの回答は、友達に見せる前提で押されているということです。自分でクイズを作り、リンクを送り、相手が何問当てられるかを見る遊びなので、選んだほうはいずれ誰かに読まれます。
推し活編の場合、読む相手は推しを知っている可能性が高い。同じ編の「周りに推しは?」では、約3,100人のうち80%が「公言してる」と答えています。推していることを隠していない人が8割いる以上、答えを見せる相手も、その推しをある程度認識していると考えるのが自然です。
その状況で「正直しんどい」を押すのは、「祝福できる」を押すよりいくらか勇気が要ります。それでも47%が押した、という順番でこの数字を読むと、印象が変わります。半々に見える結果は、押しやすいほうに追い風が吹いた状態での半々かもしれません。


しんどさの中身は、一種類ではなさそうです
「しんどい」を恋愛感情としての嫉妬だと決めつけると、たぶん半分も説明できません。考えられる中身を、いくつか並べてみます。
まず、供給が減るかもしれないという現実的な心配があります。同じ編の「推し活、この先は?」では約2,900人の82%が「一生もの」を選び、「推しが引退したら?」でも約2,400人の77%が「一生推し続ける」でした。この人たちは、推しとの関係を数十年単位で見積もっています。長い時間を前提にしているぶん、活動の形が変わりうる出来事は、その日のニュースではなく将来の変化として受け取られます。
距離感の問題もありそうです。「推しとの距離感は?」は約2,600人が答えて、「雲の上でいい」が54%、「身近に感じたい」が46%と、こちらも割れました。雲の上に置いている人にとって、恋人の存在は生活感を持ち込む出来事になりえます。逆に身近に感じたい人にとっては、自分の立ち位置が一つ後ろにずれる感覚になるかもしれません。同じ「しんどい」でも、痛んでいる場所がまったく違います。
会ったことのない相手に対して、一方通行のつながりを長く育てる関係を、パラソーシャル関係と呼ぶことがあります。一方通行であっても当人の生活の一部として機能する、という指摘は以前からされてきました。そこに恋人という要素が入ると、関係の形そのものを組み直す作業が発生します。しんどさの正体は、恋愛で負けたことより、その組み直しの手間に近いのかもしれません。
祝福のほうも、けっこうな作業です
いっぽうの53%を、何も感じていない人たちだと読むのも違いそうです。祝福できるという回答は、感情が動かないことではなく、動いたあとの着地点を指している場合があります。恋人の話が出たあとも推し続けるつもりなら、自分の中の位置づけを置き直すしかない。祝福は、その置き直しが済んだ状態の名前とも言えます。



2択が記録できるのは、いまどちらに立っているかだけです。そこに至るまでに何を経由したかは、答えた本人にしか分かりません。推しの話は、面と向かって深く聞こうとすると急に照れくさくなる話題でもあります。クイズの形で渡してしまえば、答え合わせのついでに、その理由まで聞ける口実ができます。