リカイドの遊び・スポーツジャンルには、夏祭りの質問がふたつ隣り合わせで入っています。ひとつは「花火は?」。こちらは打ち上げ51%対手持ち49%で、2万7千人近くが投票してなお、ほとんど動かない引き分けでした。ところが番号がひとつ進んだだけの隣の一問をめくると、景色がまるで変わります。
「お祭りで向かうのは?」に28,477人が答えて、「焼きそば・食べ物系」が84%、「射的・くじ系」が16%。遊び・スポーツの100問を偏りの大きい順に並べたとき、上から4番目に入る一問でした。同じお祭りの話をしているのに、片方は真っ二つで、片方は8割超え。屋台の通りは、どうやら平等な場所ではないようです。


屋台には二種類しかない
お祭りの露店は、乱暴に分けると「食べるもの」と「やるもの」の二系統になります。焼きそば、たこ焼き、かき氷、りんご飴。こちら側は代金と引き換えに、確実に手元へ何かが来ます。いっぽう射的、くじ、輪投げ、金魚すくいは、同じようにお金を払っても、手ぶらで戻る可能性がある。好き嫌いより先に、支払いの結果が確定しているかどうかという差がここにはあります。
しかも食べ物側には、祭りの空気そのものを引き受ける役割もあります。ソースの匂い、鉄板の音、紙皿、割り箸、袋に落ちる氷。量のわりに値段が高いことは、たいていの人が承知のうえで買っています。それでも列に並ぶのは、食べ物というより場所を買っているからだ、という見方もできます。


「当たらない」はもう共有知識かもしれない
性格・価値観ジャンルに「くじ運は?」という質問があります。結果は「ある」が35%、「ない」が65%。3人に2人が、自分にはくじ運がないと申告していました。射的やくじの屋台に足が向きにくいのは、興味がないからというより、最初から負ける前提が共有されているせいもありそうです。
遊び・スポーツジャンルの「クレーンゲームは?」も、形のよく似た質問です。こちらは「取れるまでやる」45%に対して「2回で撤退」55%と、まだ拮抗しているものの、やはり撤退側がわずかに上回りました。当たり外れのある遊びに対して、リカイドに集まる人たちはおおむね慎重、という傾向は複数の質問にまたがって出ています。
16%が屋台の前で見ているもの
では、少数派の側は何を狙っているのでしょうか。ひとつには、自分が遊ぶためではない人がいます。子どもや年下のきょうだいを連れていて、一発当てさせるまでの数分間こそが祭りの本編になっている人。この場合、当たるかどうかは半分どうでもよくなります。
もうひとつは、景品ではなく所作を買っている人。コルク銃を構えている数秒間や、輪を投げる姿勢そのものが目当てで、当たらなくても十分に元が取れている、という遊び方です。そしてもうひとつ、焼きそばは祭りでなくても食べられるという理屈もあります。射的の台は、その日その場所にしかない。年に数回しかない機会に、代わりのきかないほうを選ぶという判断は、少なくとも筋が通っています。



「向かうのは」という聞き方
この質問が聞いているのは好みではなく、順番です。多くの人はお祭りで両方を回ります。それでも最初の一手はどちらか一方にしか出せない。屋台に着いた時点でだいたいお腹が空いているという、身も蓋もない理由も効いているはずです。
もうひとつ、この2択には盛る余地がほとんどありません。リカイドの答えは友達に見られる前提で押すものですが、「焼きそば」と答えて格好がつくわけでも、「射的」と答えて損をするわけでもない。見栄の働きどころがない質問ほど、数字は素直に出ます。8割という数字がここまできれいに出たのは、そのぶん信用していい結果だと言えそうです。
夏祭りの帰り道に、連れがどっちへ歩き出したかを思い出してみてください。案外そこに、その人の遊び方が出ています。