リカイドというサイトは、よく考えると種明かしの装置です。相手がどう答えるかを予想して、選んで、最後に正解が開く。当てにいく緊張と、答えが見える瞬間だけでできています。
そのサイトで「マジックは?」と聞いたら、12,382人のうち80%が「種を知りたい」を選びました。「夢のままがいい」は20%です。遊びに来ている場所の性格を考えると、そうなるだろうという結果ではあります。


疑り深い集団なのかというと、そうでもありません
「種を知りたい」と聞くと、なんでも疑ってかかるタイプの人を想像したくなります。ところが、ほかの2択を並べるとその像は崩れます。
「常識は?」という質問では「大事にする」が8割近くで、「疑ってかかる」は2割ほど。「占いは?」では「信じるほう」が半数を超えていて、「恋愛の相性占いは?」でも「気にしちゃう」が6割です。目の前のものを片っ端から疑う人たちではなく、むしろ素直に受け取る側が多数派なのです。
その人たちが、手品の種だけは知りたがる。信じることと、わからないままにしておくことは、どうやら別の話らしいと分かります。占いは信じたまま置いておける。けれど、たった今、目の前で消えたコインは置いておけない。
わからないまま終わったものは、しばらく残ります
未完了のことのほうが記憶に残りやすい、という話はツァイガルニク効果という名前でよく紹介されます。片づいていない用事が頭の隅に居座り続ける、あの感じです。手品の種は、まさに片づいていない用事の形をしています。
だからこの80%は、知識欲というより、収まりの悪さから来ているのかもしれません。飲み会でだれかがトランプを取り出して、なぜか自分の選んだカードを言い当ててくる。その場では「すごい」と言って笑って、帰り道の電車で急に手順を巻き戻し始める。あの巻き戻しが止められない人が、8割という話です。


「夢のままがいい」20%が守っているもの
少数派の20%は、知りたくないのではなく、知ったあとに何が起きるかを分かっている人たちなのかもしれません。
種を聞いてしまうと、次に同じ手品を見たときの感覚は戻ってきません。驚きは一度きりの資源で、答え合わせをするとそこで使い切ります。それを惜しんで、あえて手を出さないという選び方があります。
演者への敬意で答えている人もいそうです。長い時間をかけて練習した手順を、見物人の好奇心で解体してしまうのは無粋だ、という感覚は分かる人には分かります。
もう少し体質に近い理由もあります。リカイドの別の2択「感動するのは?」では「映画・物語」が7割台でした。作り物だと知ったうえで泣ける人は一定数いるわけで、そういう人にとっては、種があること自体は最初から前提です。前提であるなら、わざわざ中身を開ける必要はありません。
答えを取りにくる人たちの集まり、という説
この80%は、リカイドに集まっている層の性格をそのまま映しているようにも見えます。
「クイズ番組は?」という2択では、「一緒に答えちゃう」が9割近くを占めていました。画面の前で黙って眺めていられない人たちです。自分の2択を作って友達に送りつけ、何問当たったかを数える遊びにわざわざ来ているのですから、答えが出ないまま終わるのが苦手なのは自然な話でしょう。
そう考えると、この結果は世の中全体の比率というより、リカイドという場所の自己紹介に近いのかもしれません。手品の種を知りたい人と、友達の答えを当てたい人は、たぶんかなり重なっています。

