「まず世界平和」と「まず身近な幸せ」。この二つは、本来ならくらべられるものではありません。片方は地球全体の話で、もう片方は半径数メートルの話。大きさの単位がちがいます。それでもリカイドは並べて2択にし、25,046人に片方を押させました。
結果は、「まず世界平和」が19%、「まず身近な幸せ」が81%。性格・価値観ジャンルの100問のうち、9番目に票が偏った質問でした。


建前が効きそうな質問で、建前が負けた
リカイドの答えは、自分ひとりで完結しません。作った2択は友達に送られ、相手が「この人はどっちを選ぶだろう」と当てにきます。答えは最初から見られる前提で押されているわけで、良く見せたい気持ちが働くなら、この質問はまさにその出番のはずでした。世界平和は、模範解答の顔をしています。
にもかかわらず、8割は身近なほうへ流れました。ここには少なくとも二通りの読み方があります。ひとつは、見栄よりも正直さが勝ったという読み方。もうひとつは逆で、「世界平和」と書くほうが照れくさかったという読み方です。優等生の答えだと自分でわかっているぶん、友達に見られる場面では選びにくい。どちらが効いているかは、この数字だけでは分けられません。


隣の質問が、ほとんど同じ数字を出している
面白いのはここからです。性格・価値観ジャンルには「幸せの基準は?」という別の質問があり、こちらは「小さな日常」が82%、「大きな達成」が18%。「願うなら?」の81%対19%と、ほぼ同じ比率です。
さらに、ダーク・本音ジャンルの「明日世界が終わるなら?」では、「大事な人と過ごす」が75%、「最後まで日常を過ごす」が25%。世界の終わりという最大級の設定を持ち出しても、選ばれるのはやはり手の届く範囲でした。
言葉づかいも聞き方もばらばらな三つの質問が、同じ向きを指しています。別々の日に、別々の文脈で集まった数字が一致するときは、一問だけの偶然ではなく人物像として見ていいサインです。遠くの大きなものより、近くの小さなもの。この集団の重心は、そこにあります。
「まず」の一語が救っている
この選択肢が冷たく読まれずに済んでいるのは、どちらにも「まず」がついているからです。「世界平和は要らない」でも「他人はどうでもいい」でもなく、順番の話をしている。つまり両立を否定していません。
自分の生活が立っていないときに、世界のことまで手が回らないのは責められることではないはずです。むしろ、身近な幸せを先に置いた81%のなかには、近くを守ることが結果的に遠くにもつながると考えている人が相当いるはずで、そのあたりは2択では拾いきれません。リカイドの2択は、いつも本音の輪郭までしか映さない。中身は本人に聞くしかない、というのがこのサイトの限界であり、遊びとして成立している理由でもあります。


世界平和を先に置いた19%
少数派のほうも、ひとくくりにはできません。ニュースで具体的な光景を見てしまい、それが頭から離れない人。身近がすでに十分に満たされていて、次に願うものが自然と外へ向いた人。仕事や勉強や出身地の事情で、遠くの話がそのまま自分事になっている人。あるいは、二択で迷ったときは大きいほうを選ぶ癖がある人。
どれも想像でしかありませんが、少なくとも「きれいごとを言いたかっただけ」で片づけていい5人に1人ではありません。数の少なさは、その答えの軽さとは関係ないからです。
願いごとの順番は、ふだん口に出さない種類の話です。だからこそ、2択の形になっていると聞きやすい。相手が思ったほうを押していなかったときに、その理由を聞くところまでが、たぶんこの質問の本番です。