同じ集団に別々の質問をすると、ときどき性格が2人ぶん出てきます。
リカイドの2択「締め切りは?」に16,854人が答えて、「ギリギリ火事場」が76%。「前倒しで終わらせる」は24%にとどまりました。ところが「待ち合わせは?」という別の質問になると、「15分前に着く」が半数を超えて多数派に変わります。締め切りは最後まで放っておくのに、待ち合わせ場所には早めに立っている。同じ人たちの回答です。



差がついているのは、相手の顔が見えるかどうか
締め切りの向こう側にいるのは、たいてい提出先という抽象的な存在です。フォルダに入れておけばよいファイルや、フォームの送信ボタンの先。遅れたときに困る人はいるはずなのに、その人が困っている顔は見えません。一方、待ち合わせで遅れると、相手が駅前で立っている姿がそのまま想像できます。
この読み方は、ほかの2択とも噛み合います。「物事の進め方は?」では「ノリと勢い」が8割近くを占めていて、「計画的」は2割ほど。ところが「旅行の計画は?」になると「きっちり立てる」が5割近くまで戻ってきます。旅行はたいてい誰かと行くもので、宿も新幹線も自分ひとりの都合では決まりません。
つまりこの人たちは、段取りができないわけではなさそうです。他人が予定に入ってきた瞬間だけ、急に計画を立てる。締め切りが後回しにされるのは能力の問題ではなく、優先順位の付け方が対人的だから、と考えるほうが実態に近いのかもしれません。
「ギリギリ」と「無計画」も、別のものです
もうひとつ面白い数字があります。ダークジャンルの「サボりは?」という質問では、「計画的にする」が8割を超えています。締め切りには計画を立てないのに、サボるほうは計画的。
冗談のような対比ですが、真面目に読むとこういうことだと思います。締め切りを持っている人は、その締め切りをずっと意識しています。忘れているのではなく、覚えたまま、着手だけしていない。どこまでなら遊べるかを逆算しているからこそ、サボりのほうが計画的になるわけです。
与えられた時間いっぱいまで作業が膨らんでいく現象は、パーキンソンの法則という言葉でよく紹介されます。3日あれば3日かかり、1日しかなければ1日で終わる。だとすると「ギリギリ火事場」は怠けの結果というより、締め切りという制度に対する最適化に近い、という言い分も成り立ちます。


前倒し24%は、優等生とは限りません
少数派の24%を「意識の高い人たち」でひとくくりにすると、たぶん見誤ります。この選択には、いくつか違う事情が混ざっているはずです。
まず、締め切りを抱えたままの状態が単純に苦しい人。作業そのものより、終わっていないことが頭の隅に居座り続けるほうがつらいので、早く手放したい。効率ではなく、精神衛生のための前倒しです。
次に、締め切りを同時にいくつも持っている人。ひとつだけなら火事場でしのげますが、3つ重なると全部が同時に燃えます。前倒しが習慣になっている人ほど、過去に一度そういう目に遭っている印象があります。
そして、自分だけでは完了しない仕事の人。誰かの確認や返信を待つ工程がある場合、最後の1日に持ち込むと相手の都合で詰みます。この人たちは前倒しが好きなのではなく、自分の時間として使える範囲が狭いだけなのかもしれません。
ちなみに「土壇場には?」という2択は、「強い」と「弱い」がほぼ半々でした。ギリギリ派が全員、追い込まれると力を出せると信じているわけではないようです。
優等生の答えが用意されていたのに、選ばれませんでした
最後にリカイドらしい見方をひとつ。この2択には、明らかに褒められる側の答えが用意されていました。「前倒しで終わらせる」です。
リカイドの回答は匿名アンケートではなく、自分で作ったクイズを友達や恋人が解きに来る仕組みです。答えは後から見られます。それでも76%が「ギリギリ火事場」を選びました。見栄を張れる場面で、張らなかったということになります。
たぶん、この社会では締め切りギリギリがある程度まで愛嬌として通用しているのだと思います。片づけの苦手さや遅刻とは違い、「最後は間に合わせている」という前提が共有されている。堂々と手を挙げられる欠点というのは、実はそれほど多くありません。
そのぶん、この質問は一緒に何かをやる前に聞いておくと役に立ちます。前倒し派とギリギリ派が組むと、揉めるのは能力ではなく、進捗を確認するタイミングのほうです。

