今回は少数派の話から始めます。リカイドの2択「黒歴史は?」に14,560人が答えて、11%が「特にない」を選びました。「ある(思い出したくない)」は89%。つまり10人集めれば1人くらいは、過去を掘り返されてもとくに困らない人がいる計算になります。
多数派の89%はまあそうだろうという数字なので、面白いのはむしろ11%のほうです。この人たちは、ほかの9人と何が違うのでしょうか。


恥ずかしい記憶ほど、なぜか呼び出しやすい
黒歴史のやっかいなところは、思い出したいときには出てこないのに、皿を洗っているときや布団に入った直後に、脈絡なくよみがえる点です。10年以上前の発言が、昨日のことのような鮮度でやってくる。
こうした偏りは、ネガティビティバイアスという言葉で説明されることがあります。人は良いできごとより悪いできごとのほうを強く受け取り、長く覚えている傾向がある、という考え方です。危険や失敗を覚えておくほうが生き延びるうえで有利だった、という説明がよく添えられます。
ただ、この記事で扱っている黒歴史は、命に関わる失敗ではありません。ノートの隅に書いたポエムや、友達の前で滑った一発ギャグや、当時は最高だと思っていた髪型です。それでも消えずに残るのは、当時の自分がそれを本気でやっていたからなのかもしれません。恥ずかしさは、過去の自分と今の自分の距離が開いたときに生まれます。距離が開いたということは、それだけ成長したという話でもあります。



「特にない」11%にも、いくつかのパターンがありそうです
さて、少数派です。「黒歴史がない」と一言で言っても、中身は同じではないはずです。
考えられるのは、まず単純に忘れている人。記憶の残り方には個人差があり、細部まで再生できる人もいれば、輪郭だけで済んでいる人もいます。忘れっぽさは日常では欠点として扱われがちですが、この一点においてはかなり有利に働きます。
次に、黒歴史として登録していない人。同じできごとを、恥ではなく「当時の流行」「若気の至り」として棚に置ける人がいます。出来事の記憶はあるけれど、思い出しても顔が熱くならない状態です。
そして、まだ手が届いていない人。黒歴史は、後から評価が変わることで生まれます。今まさに全力で取り組んでいる何かが、5年後に黒歴史になる可能性は誰にでもあります。「特にない」と答えた人のなかには、単に評価の切り替わりがまだ来ていないだけの人も混ざっているかもしれません。
過去に強く反応する人たちの集まり、という説
リカイドのほかの結果を並べると、この89%はわりと自然な数字に見えてきます。
「学生時代の自分は?」では「闇に葬りたい」が8割台。「失敗したら?」でも「引きずる」が8割近くを占めています。過去のできごとをきちんと持ち帰って、しばらく手元で反芻するタイプが多い、という共通の傾向が見えます。黒歴史が89%というのは、この人物像とよく噛み合っています。
もっとも、これはリカイドで遊んでいる層の話であって、世の中全体の比率とは限りません。自分の内面を2択にして友達に送りつける遊びに集まってくるのは、そもそも自分の過去を振り返るのが嫌いではない人たちのはずだからです。
出題した時点で、たぶん半分は成仏している
この質問には、リカイドならではの性質があります。答えるだけでなく、自分で選んで出題するという点です。
「黒歴史ある?」を自分のクイズに入れて誰かに送るという行為は、少なくとも「その話題に触れられても大丈夫」という宣言になっています。本当に開けたくない箱なら、質問ごと選ばないはずです。触れられる形になった過去は、笑い話に変わりかけていると考えていいのかもしれません。
聞くほうも同じで、面と向かって「黒歴史って何かある?」と切り出すのは少し重い。当てっこの形にしておくと、そのへんの重さがずいぶん軽くなります。

